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棺がこんなに大きいわけは

詩人の恋

詩人の恋

1.美しい五月

2.ぼくの涙が

3.バラも鳩も

4.きみの目を

5.ユリのさかずきに

6.ライン 聖い河

7.うらまない

8.ぼくの胸の傷を

9.ざわめく笛とヴァイオリン

10.あの娘のうたが

11.ジュンをふったヒロミは

12.はれた夏の朝

13.ぼくは夢で

14.夜ごと夢で

15.おとぎ話をひもとけば

16.できそこないの詩も夢も

ハインリヒ・ハイネ 詩/ロベルト・シューマン 曲
林 光 訳

林光ソング

恋のへのへのもへじ[佐藤信]

雨のしとしと[斉藤憐]

舟のうた[佐藤信]

ちょうちょうさん[まど みちお]

五月の夜[江間章子]

歌うな[中野重治]

水辺を去る[中野重治]

欠陥[ベルトルト・ブレヒト]
(野村修・訳)

ゆっくりゆきちゃん[谷川俊太郎]

遠いはるかの[加藤直]
〈オペラ「魔法の笛」より モーツァルトのアリア〉

八匹目の象の歌[ベルトルト・ブレヒト]
           (長谷川四郎、林光・訳)

花のうた[佐藤信]

麦の畑は[ゲオルグ・ビュヒナー]
       (佐藤信・訳)

この害(む)虫(し)だけは[吉行理恵]

[]内は作詞者

「詩人の恋」のこと    林 光

 ハイネ「歌の本」の詩は、どれも簡潔で短くて、わかりにくい言葉は使わずに、恋や人生の悩みを歌っている。その方法は、民謡から学んだものだ。
 たくさんの作曲家が「歌の本」の詩に曲をつけた。メンデルスゾーンは「歌の翼」を、シューベルトは「きれいな漁師の娘さん」を。ジルヒャーが作曲した「ローレライ」は、民謡とまちがえられるくらい人びとに愛されたが、ハイネがユダヤ人だったために、ナチス・ドイツは歌うのを禁じた。
 シューマンは、寄せ集めの「歌の本」のあちこちから詩を選び、恋のめざめから失恋までの、おぼろげなストーリーを暗示するように構成して「詩人の恋」を書いた。
 ハイネの短い詩に一つひとつ起承転結をつけないで、詩から詩へ橋を渡した。そのためのくふうの一つが、詩が終わったところからはじまる「後奏」で、うっかりすると歌手を「食って」しまいかねないこんなことを考えついたのは、シューマンがはじめてだ。
 ハイネの言葉づかいはむずかしくないから、シューマンがハイネの息づかいをどれほどみごとに歌にしているかは、ぼくのようなものにもよく分かる。その、シューマンがとらえたハイネの息づかいは、ニホン語にもなんとか移しかえることができるんじゃないかと思って、何年かまえからぼちぼちとはじめたのが、きょう聴いていただく、ニホン語版「詩人の恋」である。
 このニホン語版を、私的な集まりではあったがはじめて全曲とおして歌ってくださったのは、京都府の中学校の教員、山本誠さんであった。

林光という人  大石哲史

 昨年の初夏、池田逸子女史から、お願いしていた「詩人の恋」林光訳の楽譜を原宿駅で借り受け、山手線に乗った僕は、隅っこに腰掛けて、はやる気持ちを押さえられずに読み始めた。見慣れた字がそこにあって「美しい五月〜木の芽がはじける」と書いてあった。なるほどなるほど うんうん と、人には聞こえないくらいの声で歌い始めた。2曲目にさしかかった頃、何か楽譜に違和感を覚えた・・・あっ?音譜が全部手書きだ!?・・・なんで?・・・間違いなく昨年自分が驚いた瞬間ベストワンである。急いで僕は最後の曲まで見てみた。はたして全曲手書きであった。
 普通、訳詞をする場合、市販されている楽譜の言語の部分を修正液で消し、その上から訳詞を書くものである、いくら作曲家といえど16もの歌曲をピアノ譜ごと書く作業は並大抵ではない、と僕は思う。しばらく思考したのち、あっそうか移調したんだ。光さん自身が自分で歌いやすい調に変えたからいちから書き直したんだ、そうだそれに違いない・・・帰って市販の楽譜を見てみた・・・同じ調だった・・・またまた思考が停止した。
 次に会った時理由を聞いてみた。光さんの答えはこうだった・・・「だってすでにある楽譜の上には日本語書きづらいじゃないか」・・・これだけだった。そんな訳はない、それだけの理由でこんな大変な作業はなかなかやれるもんじゃない!光さんは何か隠しているはずだ・・・再度楽譜を眺めてみると、その見事な手書き譜がこんな事を喋り始めた・・・この歌にはこの日本語がぴったりはまっているのさ、ねっ。

 

『詩人の恋』
 ロベルト・シューマンの歌曲集『詩人の恋 Dichterliebe』(Op.48)は、シューベルトの3大歌曲集についで演奏される機会が多いドイツ歌曲集でしょう。その歌詞はハインリヒ・ハイネの『歌の本』からシューマンが16編を選び作曲しています。
 これらの詩を書いていたころのハイネは、いとこのアマーリエによせる愛が受け入れられず、他の人と結婚をされてしまう、という報いられない愛を経験していて、郷愁的あるいは、つらい愛の雰囲気をつづっています。
 シューマンは、著名なピアニストのクララ・ヴィークとの結婚が法廷で承認された1840年に『詩人の恋』を作曲しています。この年は、ピアノ曲を創作の中心としていたシューマンが、『詩人の恋』を含む『リーダークライス』(ハイネ、アイヒェンドルフ)などの歌曲集すべてを作曲しているため「歌の年」といわれています。
 しかし、クララとの結婚には、法律的に拘束力をもっていたクララの父親のはげしい反対があり、報われない愛ではないにしても結婚計画の挫折にさらされていました。このような状況であったことから、シューマンは『詩人の恋』の作曲に心動かしたのだと考えられます。

『林光ソング』
 “ソング”とは?。林さんは、『林光・歌の本T四季の歌』(一ツ橋書房)のまえがきに「ソングとは何か、歌曲とどうちがうのか、という面倒な問いについてできるだけ簡単に答えるならば、玄人(くろうと)だろうが素人(しろうと)だろうが相手をえらばないしたたかさをそなえたウタ、ということになろう」と書いています。また、大石哲史さんは、ソングを歌うということについて、「今を歌う、ということかな」そして「いろいろな歌曲とくらべて自由度がある」と話しています。


プロフィール

林 光(はやし ひかる)作曲家
1931年東京生まれ。東京藝術大学作曲科中退。尾高尚忠、池内友次郎に師事。1953年交響曲「ト調」により芸術祭賞受賞。以降第四回、第四十四回尾高賞(56年、96年)、第二回モスクワ映画祭作曲賞(61年『裸の島』新藤兼人監督)、第三十回サントリー音楽賞(98年オペラ「吾輩は猫である」)受賞。主な作品は、合唱曲「原爆小景」(1958/2000)、ヴィオラ協奏曲「悲歌」(1995年)、オペラ作品は「森は生きている」、「白墨の輪」、「変身」、ほか多数。2008年9月には俳優座においてオペラ「そしてみんなうそをついた」初演。オペラシアターこんにゃく座芸術監督(1975〜)。著書は「私の戦後音楽史」(平凡社ライブラリー)、2008年7月小学館より自選集「林光の音楽」刊。

大石哲史(おおいし さとし)オペラシアターこんにゃく座・歌役者
1955年生まれ、京都市山科出身。京都市立芸術大学音楽学部声楽科卒業。1981年こんにゃく座に歌役者として入座。『フィガロの結婚』〈フィガロ〉、〈伯爵〉、『セロ弾きのゴーシュ』〈ゴーシュ〉、〈野ねずみのおっ母さん〉、『まげもん-MAGAIMON』〈彦左衛門〉、『イヌの仇討あるいは吉良の決断』〈吉良上野介義央〉、『森は生きている』の〈博士〉、『夏の夜の夢』〜嗚呼!大正浪漫編〜〈大久保公爵/ヤマト〉などこんにゃく座のほとんどの作品に出演している。『そしてみんなうそをついた』〜芥川龍之介「藪の中」による〜では、演出を手がける。こんにゃく座以外の活動も精力的におこなっており、各地で定期的な「うたのワークショップ」を独自の体験と経験を生かしつつ展開し、日本語で歌うことの楽しさを振りまいている。

お客様の声 アンケートより

◇すてきな歌をたくさん聴かせていただきありがとうございました。楽しかったです。どの歌も言葉がとても大切にされていて、物語が感じられました。光さんのピアノもはじめて聴かせていただき、やさしい音色に感動しました。大石さんは本当に「歌役者」という肩書きがぴったりだと思いました。これからもずーっとすてきな歌をご自分らしく歌って下さい。

◇いまさらながら言葉の美しさ、楽しさにうっとりしたり、胸がいっぱいになったり。『詩人の恋』の「ジュンとヒロミ」が私は最高に大石さんに合っていると思いました。林光さんのあのピアノのタッチの不思議さ…、言葉になりません。林さんの歌った「ゆっくりゆきちゃん」よかったですねえ。

◇これほどハートのある、心の伝わるコンサートはかつて味わったことがありません。素晴らしかったです。私も歌いたくなりました。

◇昨年の「林、竹田、大石・新春コンサート」につづき、暖かく(熱く?)、心から嬉しくなる音楽会を企画実行され、まことに感謝です。ムジカの皆さんの「熱い想い」励まされます。年末から年始と戦 争、殺戮、弱者いじめ…と権力と暴力の横暴が吹きあれる中、希望を与えてくれる演奏会です。林さんの即興の妙、ユーモア、しゃれっ気、それに呼応する大石さんの歌、最高に幸せなお年玉でした。

◇大石さんの中に、いままで生きて来たいろいろなものが詰まっていて、それが歌に暗い色気となって混じり合って放出されているなぁと感じた。駄目な気分や、やるせなさ、どうしようもない物を魅力的な歌にするなんて、とても個性的な歌役者だ。おっさんになって図太く弱さを出せるなんてピカいちの凄さだ。林さんのピアノはとっても洒落ていて素敵だ。曲の後奏、かれておシャレな林さんのピアノが流れる中、大石さんは暗い目で何を想い、何を核として立っているのだろう。

◇林光さんと大石さんだったら、「もう何が来たっておかしくない」と思っていましたが、本当にその通りでした。シューマンはほとんどの曲を野次馬的に歌ったり、いろんな人の歌で聴いていたので、だいたい知っていましたが、全然知らない曲に思えたのもありました。どの曲もシューマンの世界の美しい調べ、よくわかる詩、言葉、大石さんが歌うと同じ歌でも違って聞こえます。すばらしいとはわかっていましたが、本当にすてきなコンサートでした。


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